<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>樹輪　　ブログ　年輪</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/" /><modified>2009-01-06T17:39:32+09:00</modified><tagline>岩段久美子のブログです。</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>映画「譜めくりの女」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=1136031" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=1136031</id><issued>2008-12-30T23:04:57+09:00</issued><modified>2008-12-31T14:56:37Z</modified><created>2008-12-30T14:04:57Z</created><summary>　　　　　　　　　　　LA TOURNEUSE DE PAGES
　私たちには人間の行為のやり取りを、つい単純なの見地からとらえたがる傾向があります。たとえばもし私たちが怒るとすれば、それは誰かがそうさせたからというわけです。あるいは私たちが誰かの怒りのターゲットになって...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　　　　　　　　　　　<span style="font-size:small;">LA TOURNEUSE DE PAGES</span><br />
　<em><span style="font-size:small;">私たちには人間の行為のやり取りを、つい単純な<原因ー結果>の見地からとらえたがる傾向があります。たとえばもし私たちが怒るとすれば、それは誰かがそうさせたからというわけです。あるいは私たちが誰かの怒りのターゲットになっているなら、それは私たちが責められてしかるべき原因になっているからというわけです。逆に、もし、私たちが自分の無実を信じているのなら、相手には怒りを感じる権利などない、としがちでもあります。私たちの生まれ育った家庭での人間関係が融合したものであればあるほど（融合とは、共同性に向かうパワーが家庭内で強力すぎるために、<私たち>のなかの一人ひとりの分離した<私>が欠落したまま、皆がひとつに溶け合っているような状態を意味します。）他者の感情や反応についても責任が自分にあると思い、また、逆に自分の感情や反応について他者に責任を負わすようになりがちです。</span></em><br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　<em><span style="font-size:small;">「怒りのダンス」H・G・レーナー著</span></em><br />
<br />
<br />
<br />
　　　　　　明けましておめでとうございます。<br />
<br />
　          　2009年は良き年でありますように！<br />
<br />
<br />
<br />
<span style="font-size:small;"><br />
アリアーヌは、三重奏団の一員のピアニスト。<br />
弁護士の夫ジャンと一人息子のトリスタンの三人家族。<br />
2年前に、交通事故にあって以来、<br />
精神が不安定になり、<br />
心の支えを求めている。<br />
<br />
その家族に、トリスタンの面倒を見るためにやって来た女メラニー。<br />
若くて優秀なメラニーは、<br />
アリアーヌのピアノの譜めくりになる。<br />
<br />
メラニーは譜めくりをしながら、<br />
徐徐にアリアーヌのなくてはならない人になっていく。<br />
<br />
小さい頃、ピアノと弾いていたメラニーは、<br />
ピアニストになるべく受験したが、<br />
ある出来事があり、試験に落ちる。<br />
それ以来、ピアノを弾くことを諦めた彼女だが･･･。<br />
<br />
静かなタッチの中に、<br />
思いを秘めたメラニーの<br />
健気なリベンジとも取れる様々なシーンで綴られる。<br />
これは、正当な復讐なのか、<br />
それとも、甘えなのか？</span><br />
<br />
<em><span style="font-size:small;"><br />
 「くやみ」と「くやしさ」が、以上にのべたごとく甘えの延長上にあるとい　うことから理解されるように、この心理は特に日本人が低迷しやすい感情　であるということについて、一言しておこう。･･････日本人は得てしてく　やしい感情を持ち、また奇妙なことだがそれを大事にする。<br />
<br />
<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　｢甘えの構造」　　土居健郎</span></em><br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（J)<br />
<br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank"><span style="font-size:small;">トップページへ</span></a>]]></content></entry><entry><title>映画　「失われた週末」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=1124723" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=1124723</id><issued>2008-12-16T21:55:05+09:00</issued><modified>2008-12-16T13:01:10Z</modified><created>2008-12-16T12:55:05Z</created><summary>　　　　　　　　　THE LOST WEEKEND　



年末年始と、アルコールを飲む機会が多くなる。
この映画は、アルコール依存症の男の物語り。
止めようとしてもどうしても止められないお酒。
ついつい気がつくと飲んでいる。
この映画は、その葛藤をみごとに描いている...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　　　　　　　　　<span style="font-size:small;">THE LOST WEEKEND　<br />
<br />
<br />
<br />
年末年始と、アルコールを飲む機会が多くなる。<br />
この映画は、アルコール依存症の男の物語り。<br />
止めようとしてもどうしても止められないお酒。<br />
ついつい気がつくと飲んでいる。<br />
この映画は、その葛藤をみごとに描いている。<br />
<br />
依存症は恐い。<br />
<br />
アルコールは、<br />
楽しんで飲む分には、話を弾ませるし、気持ちのストレスの開放にもなる。<br />
身体の血行もよくなるし、<br />
気分転換にもいい。<br />
<br />
しかし、<br />
一旦、酒に溺れると話は違う。<br />
絶えず、お酒のことが頭から離れない。<br />
これ位大丈夫とついつい自分に許す。<br />
一杯が２杯に、２杯が３杯に・・・。<br />
<br />
アルコール依存症の苦しみは、<br />
薬物依存や摂食障害などの他の依存症の苦しみと、<br />
当然ながら肩を並べる。<br />
<br />
アルコールは、<br />
幻覚症状や様々な症状をもたらす。<br />
飲み続けていると、<br />
コルサコフ症・肝障害・膵炎・胃潰瘍・心不全など様々な症状をもたらす。<br />
<br />
<br />
酒は飲んでも飲まれるな！<br />
今、静かなアルコール依存症者が増えていると言われている。　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　《J》　　</span><br />
<br />
<em><span style="font-size:small;">アルコール依存症　診断基準<br />
１．耐性ができた、つまり、酒に著しく強くなった。<br />
２．離脱症状（かつての言葉では禁断症状）を経験したか、離脱症状が苦し　　いため迎え酒をする。<br />
３．本人の当初のつもりを越えて、量的・時間的にアルコールを飲みすぎて　　しまう(アルコールに対するコントロールが侵されている）。<br />
４．飲酒をやめよう、あるいは量を減らそうと繰り返し努力したか、あるい　　はそれが失敗に帰した〈｢飲酒」「節酒」の失敗だが、コントロールの不　　良とも言える。これは結構重大な診断項目で、アルコール依存症でない　　人は、そもそも節酒・断酒の必要をそう感じていないから、そのような　　努力も繰り返しはしない）。<br />
５．アルコールを飲むためにする努力が肥大してくる。一杯が飲みたくて、　　這ってでも買いに行く、というように。<br />
６．飲酒のため、社会生活、仕事、余暇活動が損害を受けている。<br />
７．飲酒によって、身体的・心理的問題が繰り返し起こっているのを知って　　いるにもかかわらず、飲み続けている。<br />
<br />
この項目のうち３つ以上が、ある１２ヶ月の間にあてはまれば、アルコール依存症と診断されます。<br />
　　　　　　　　　　　　<br />
　　　「精神疾患の分類と診断の手引き第４版」<br />
<br />
<br />
　　　　　　　　　「援助者のためのアルコール・薬物依存症」より抜粋<br />
</span></em><br />
<span style="font-size:small;"><a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a></span><br />
<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>映画「息子の部屋」と対象喪失</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=1110667" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=1110667</id><issued>2008-11-28T20:32:46+09:00</issued><modified>2008-11-28T11:55:59Z</modified><created>2008-11-28T11:32:46Z</created><summary>ナンニ・モレッティ　監督・主演

精神分析医のジョバン二には、“家族”がいる。
妻パオラ、娘のイレーネと息子のアンドレアの四人の家族。
その息子アンドレアが海の事故で死ぬ。
悲嘆にくれる家族。何かが消えていく家族。
泣き叫ぶ母パオラ。
バスケットの試合で...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:small;">ナンニ・モレッティ　監督・主演<br />
<br />
精神分析医のジョバン二には、“家族”がいる。<br />
妻パオラ、娘のイレーネと息子のアンドレアの四人の家族。<br />
その息子アンドレアが海の事故で死ぬ。<br />
悲嘆にくれる家族。何かが消えていく家族。<br />
泣き叫ぶ母パオラ。<br />
バスケットの試合でけんかをする姉イレーネ。<br />
何かが欠けていると感じるジョバンニ。<br />
強迫行動や感情のコントロールが出来なくなるジョバンニ。<br />
そしてジョバンニは決心する。<br />
“精神分析医をやめよう”と。<br />
<br />
そんな日々の中に、一通の手紙が息子アンドレア宛に届く。<br />
家族が知らなかった息子アンドレアの秘密。<br />
息子には恋人がいたのだ。<br />
<br />
その恋人アリアンナに出会うことで、何かが変る家族。<br />
<br />
まるで美しい絵画を見るような「幸せな家族」が、<br />
息子の死により変化していく。<br />
愛情の対象であった息子の死によって、<br />
その「幸せな家族」は形を変えていく。<br />
<br />
美しくそして悲しく、そして寂しくもある映画である。<br />
人として大切なものを失う切なさと苦しさ、<br />
本来なら支えあえる「家族」がその何かを失うとき、<br />
こんなにもろくも崩れていくものなのか。<br />
<br />
そして息子の恋人の出現で、<br />
この家族が手に入れようとしたものは、<br />
何なんだったんだろうか。<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　（Ｊ）<br />
<br />
<em><strong>愛着 attachment と 依存 dependency</strong><br />
人間は、同じ哺乳動物の中でも留巣類に属する。留巣類とは、出生時にまだ未熟児で視覚・聴覚・運動機能が未熟である。もっぱら母親に愛着するしか生きるすべがない。ヒト・サル・イヌ・ネコはこの留巣類に属する。これに対して、ウマ・ヒツジは、自食類である。彼らは出生後ただちに歩行することができ、視覚・聴覚も機能する。母親から離れて自分で自由に行動する。その結果この愛着・依存である母親もしくは養育者との対象関係が心身の発達を円滑に進め、心身の均衡を保ち、その精神機能を十分発揮するための基礎となる。<br />
<br />
少なくとも対象喪失が起こるためには、この対象像が他の対象像と識別される唯一独自で、しかも一定の恒常性と同一性を持つものとして心の中に形成されていなければならない。<br />
　　　　　　　　　小此木啓吾著　「対象喪失」より引用<br />
<br />
</em><br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a><br />
<a href="http://wa-jurin.com/Terminal.htm" target="_blank">ターミナルケアへ</a><br />
<a href="http://wa-jurin.com/inner.htm" target="_blank">インナーチャイルドへ</a><br />
<br />
</span>]]></content></entry><entry><title>「愛と経済のロゴス」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=1095379" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=1095379</id><issued>2008-11-11T17:02:49+09:00</issued><modified>2008-11-11T13:45:24Z</modified><created>2008-11-11T08:02:49Z</created><summary>　　　　　　　　　　　カイエソバージュ?　　　　中沢　新一


経済が発達し、貨幣通貨になり、
物質的に豊かな社会へと発達した現在。
物が豊かになり、
本来なら幸せになるはずの社会で、
なぜ,犯罪や心の喪失のようなことがおきるのか？


現代社会と嗜癖の...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/IMG_00032008.11.11..jpg" width="174" height="251" alt="" class="pict" />　　　　　　　　　　　<span style="font-size:small;">カイエソバージュ?　　　　中沢　新一<br />
<br />
<br />
経済が発達し、貨幣通貨になり、<br />
物質的に豊かな社会へと発達した現在。<br />
物が豊かになり、<br />
本来なら幸せになるはずの社会で、<br />
なぜ,犯罪や心の喪失のようなことがおきるのか？<br />
<br />
<br />
現代社会と嗜癖の関係を書いた本「嗜癖する社会」（A.W.シェフ　斉藤学　監訳）の中で、<br />
社会構造としての嗜癖システムを解く。<br />
<br />
<em>『社会が嗜癖という病気に罹っているという認識こそが、今日直面している諸問題に対する他の解釈や対処法を見逃していたものです。ほとんどのものは、特定の関心や分野にだけ焦点をあてています。それは、私たちの断片的な社会においてはごくあたり前のことですが、こうした視野の狭さは、嗜癖者の特徴でもあるのです。』</em><br />
<br />
<em>『システムを観察する人びとが、システムに近過ぎ、巻き込まれ過ぎているために、それがはっきり見えなくなっているということもあるのです。』</em><br />
<br />
　　　　　　　　　　「嗜癖する社会」　　本文　抜粋<br />
<br />
<br />
<br />
「愛と経済のロゴス」の中で、<br />
ロゴスとは、“世界を全体として捉える力”としています。<br />
「愛」と「経済」を一つの全体に取りまとめる力であるロゴスとも表現してます。<br />
<br />
「純粋贈与」「贈与」「交換」という<br />
人がモノを媒介にして関係をつくる３つの様式が書かれており、<br />
現代という社会が、<br />
心とものをどのようにして行き来しているかを説明している。<br />
<br />
「純粋贈与」とは、<br />
神のみがおこなうことができる何の見返りも求めぬ贈り物。<br />
「贈与」とは、<br />
単に、モノを「贈り物」として相手に不確定ながら何かの意味が相手に手渡されるもの。<br />
「交換」とは、<br />
商品の売買からなり、商品の価値に相当する代価が支払われるものとなります。<br />
<br />
つまり、<br />
「交換」は、<br />
それをつくった人や前の所有者の人格や感情などが含まれていないのが原則であり、<br />
等価交換が当然であると同時に、<br />
モノの価値は、確定的で、計算可能なものに設定されている。<br />
<br />
現代社会は、「交換」の世界である。<br />
<br />
“生産者の顔がみえる商品”という売り文句が、<br />
商品の付加価値になり、<br />
物々交換があたり前の時代には考えもつかなかった<br />
“生産者の顔”に価値がつく。<br />
<br />
そんな中、人はアディクションにハマる。<br />
モノへの依存・アディクションであり、<br />
行動への依存・アディクションである。<br />
<br />
モノが欲しくて買う。買うこと自体が快感や満足をもたらす。<br />
言い方を変えれば、<br />
買うことという行為そのものに意味がある。<br />
だから、次々にモノを買う。買う時ときのみに充足感を覚える。<br />
<br />
人は、モノを買うときに、<br />
物以外の付加価値を買う。<br />
それは、一体如何いうことだろう。<br />
<br />
<br />
合理的な経済観念が必要とされる時代の中で、<br />
「愛」と「経済」は、別々のことのように扱われ、<br />
本来「純粋贈与」や「贈与」という行為の中に含まれている<br />
人と人との交流や、交流の中に含まれている何らかの意味が、<br />
モノの値段や品物の良し悪しで決定しがちで、<br />
単に、自らの欲望や何らかの満たされぬ思いを、<br />
モノを消費したり、<br />
モノを買うことで満たそうとしているのか。<br />
それとも・・・？<br />
<br />
<br />
心の飢えは、<br />
「純粋贈与」といわれる何の見返りも求めぬ愛を求めて彷徨っていても、<br />
何の不思議もないような気がする。<br />
<br />
悪循環にハマりがちな今。<br />
今という時は、決して動かない。<br />
本当に必要なモノは、何なんだろう？<br />
<br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a><br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（Ｊ）</span><br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>人はなぜ戦争をするのか　エロスとタナトス　       　“戦争と死に関する時評”　　　　　　</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=1064598" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=1064598</id><issued>2008-10-14T19:39:14+09:00</issued><modified>2008-10-14T12:10:21Z</modified><created>2008-10-14T10:39:14Z</created><summary>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　フロイト　　Sigmund Freud


タナトス・死の欲動（Tanatos）とエロス・生の欲動（Eros)
　　　１９２０年に出版された『快楽原則の彼岸』を皮切りにフロイドの後期から晩年にかけての著...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/life.death.jpg" width="450" height="327" alt="心をとらえる枠組み" class="pict" />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　フロイト　　Sigmund Freud<br />
<br />
<br />
<em><span style="font-size:small;">タナトス・死の欲動（Tanatos）とエロス・生の欲動（Eros)<br />
　　　１９２０年に出版された『快楽原則の彼岸』を皮切りにフロイドの後期から晩年にかけての著作では、生の本能（エロス）と死の本能（タナトス）という二元論が（仮説として）人間や世界をとらえる彼の眼の根にすえられるようになる。<br />
ここで生の本能とは、生命を促進・強化・拡大し、さらに維持・継続させる力と考えられる。それに対して死の本能とは、生命の解消あるいは破壊し、生命を無機的状態に還元する力とされている。<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「心理臨床大事典」より</span></em><br />
<br />
<span style="font-size:small;">精神分析の祖のフロイﾄ。<br />
そのフロイトが書いた本。<br />
<br />
第一次大戦・第二次大戦を経て、<br />
フロイトの思想は、変化したと言われる。<br />
それまで二元論は、現実原則／快楽原則、あるいは、自己保存の欲求／（対象に向けられた）性本能とそれぞれが重なり合う二元論から、<br />
タナトス／エロスの二元論に変る。<br />
<br />
<br />
「わたしたちの無意識は死の問題をどのように立ち向かっているか。」<br />
わたしたちは、無意識に自分が死ぬことを信じていない。そして、あたかも不死であるかのようにふるまう。<br />
<br />
身近な人の死により、自分自身の死を意識するが、<br />
反動形成により、自らの死を拒否する。<br />
<br />
一方、<br />
知らない人や敵にたいしては、<br />
死の訪れを平然と認める。<br />
<br />
<br />
無意識の働きのうちに、<br />
自分の邪魔になる者や自分を侮辱し傷つけた者に、<br />
心の中で、<br />
無意識的な願望の動きで、<br />
相手の死を望んでいるという。<br />
<br />
またこの本のなかで、<br />
フロイト自身が、<br />
“精神分析は、<br />
このようなことを主張するので部外者から<br />
ほとんどされない。”<br />
と書いている。<br />
<br />
<br />
愛と憎しみは対の感情であり、<br />
愛する対象であればこそ、憎しみもするという。<br />
愛する人は、内的所有物であり、自我の一部でもある。<br />
しかし、同時にある意味では、見知らぬ人でもあり、<br />
時には、敵でもある。<br />
このアンビバレントな葛藤から、<br />
正常な心的な生に対する深い洞察をもたらされるという。<br />
<br />
<br />
死によって生が否定されることを認める態度と、<br />
死を現実的なものとして否定する態度が衝突して葛藤を起こす。<br />
<br />
不安・破壊・憎悪は、生の欲動と死の欲動の拮抗から生まれるとした。<br />
<br />
<br />
わたしたちの無意識って、本当にあるの？<br />
そして、<br />
わたしたちの無意識って、どんな物？<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
　　<em>無意識<br />
　人間の心のもっとも奥深いところにあり欲動の動きによって形成されてい　る層。これは、否定的なものをまったく知らず、否定作用を知らないもの。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　本文引用<br />
<br />
　　反動形成<br />
　人間の成長過程において、性格と道徳の形成に大きく貢献するもの。<br />
　無意識の衝動が自我にとって好ましくないものである場合、抑圧の規制を　はたらかせるとともに、さらに、意識面において衝動とは反対の態度をとるもの。頑固さは従順さに、不潔を喜ぶことは潔癖に、性衝動は厳格な道徳性に、破壊衝動は正義感にというように置き換えられ、現われやすい。　<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　カウンセリング辞典より引用<br />
<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（J)<br />
　　　　　　　　　　<br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a><br />
<a href="http://wa-jurin.com/Hakoniwa.htm" target="_blank">箱庭へ</a><br />
<a href="http://wa-jurin.com/Counseling.htm" target="_blank">カウンセリングへ</a></em></span><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
]]></content></entry><entry><title>映画「アナライズ・ミー」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=1015331" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=1015331</id><issued>2008-09-17T12:28:21+09:00</issued><modified>2008-10-14T12:10:38Z</modified><created>2008-09-17T03:28:21Z</created><summary>1999年
アメリカ
監督：ハロルド・ライミス
出演：ロバート・デ・ニーロ
　　　ビリー・クリスタル

重要な会合を二週間後に控えたマフィアのボス、ポール・ヴィッティがパニック障害で情緒不安定になる。手下のジェリーの取り持ちで、精神分析医のベン・ソボルの治...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:small;">1999年<br />
アメリカ<br />
監督：ハロルド・ライミス<br />
出演：ロバート・デ・ニーロ<br />
　　　ビリー・クリスタル<br />
<br />
重要な会合を二週間後に控えたマフィアのボス、ポール・ヴィッティがパニック障害で情緒不安定になる。手下のジェリーの取り持ちで、精神分析医のベン・ソボルの治療をポールは受けることになる。あれこれ事件も起こる中で治療は進み、ポールは、意外な選択をする決断をする。<br />
<br />
コメディで面白く笑える一方、心理療法や日常の人間関係でおきる様々なことが描かれていて、興味深い映画だ。<br />
<br />
まず、精神科医ベンとマフィアのボスのポールの初対面の場面。「友達のことで相談に来た」という見え透いた嘘を見抜いたベンを、ポールは「天才だ！名医だ！」と誉めそやす。ベンは「ノー！ノー！」と半ば困惑した表情で返答し続ける。過激な「陽性転移」におびえる医者をビリー･クリスタルが好演している。<br />
<br />
ポールが父親の死を回想し、再体験する場面。はじめは「過ぎたこと」と言って体験から距離を取っているポールが、「そのとき何を注文した？お父さんは何を？あなたは何を？」と尋ねるベンに、「ペンネ」「ラヴィオリ」と答えながら、徐々にその時その場に戻り、そのとき感じ残した感情、罪悪感を感じる。泣き崩れるポール。敵が襲ってきても、ピストルで抗戦もできない。そして、しばらく時間が経ち、ようやく落ち着いたポールにベンが「セラピーは終わり」という。（「アンフィニッシュドビシネス」が一つ終わった。）<br />
<br />
そして、重要なマフィアの会議の当日。出かける用意をするポールは、テレビのＣＭをみて、突然泣き出す。また、新たなワークが始まった模様。父親と子の絆をうたう証券会社メリル･リンチのＣＭだ。（今度は悲しみと思慕が出てきたのかな・・・・そう簡単にはアンフィニッシュドビジネスは終わらないようだ･･･）急きょベンがポールの代理としてマフィアの会議に出席するように呼び出される。ベンは「だめだ、できない、すぐばれる！」と言って断るが、半ばごり押しでやむなく会議の会場に向かう。<br />
（しかし････本当にいやだったかはあやしいもの。会場でのマフィアとの挨拶の様---一緒に行った手下のジェリーはそれを評して「やりすぎだ」と言う---会議の席上での態度、発言----ジェリーを見事に手下扱いしていて平手打ちなどしている---それなりに、それらしく、ベンはマフィアのボスの代理、相談役の役割にはまる。）結局ベンは偽者とばれずにすみ、やがて遅れてポールがその席に現わる。<br />
<br />
マフィアのボスとのかかわりの中で、分析医のベンが少しずつ違う顔を見せていく様がコメディータッチで描かれているのも面白い。<br />
<br />
人には自分が気づかぬ色々なところが実はあるという。ポールもベンも、似ても似つかぬように見えて、実はとてもよく似たところのある二人だった、のかもしれない。（Ｘ）<br />
<br />
<strong><em>転移 transference</em></strong><br />
<em>クライエントの過去の重要な人物との対人関係がセラピストとの関係に移されることである。過去が現在において無意識的に反復されると言ってもよい。････転移される内容は、重要な人物に対する情動（愛や憎しみ、羨望など）、葛藤、空想、行動、防衛様式などであり、いずれも幼児的な起源を有している。････<br />
フロイトは転移を、転移される情動の性質と言う観点から、陰性転移と陽性転移に分けた。陰性転移はもっぱら、セラピストに対する敵対感情からなる。一方、陽性転移は、1.意識化しうる親愛感情と2.無意識の中へと抑圧されている性愛的な感情に分けられる。後者はいわゆる転移性恋愛である。････陽性転移の1.は、セラピストに対する信頼感の基盤となるものである。しかし、2.は、陰性転移と並んで治療上の抵抗となりうる性質を有している。　　「カウンセリング辞典」より引用<br />
<br />
未完結の体験　unfinished business<br />
　精神分析的概念で言うよくあるに近いものであるが、完結していない経験や心残りをさしている。　　「心理臨床大事典」より引用<br />
</em><a href="http://wa-jurin.dom/index.htm" target="_blank">トップページへ</a><br />
<a href="http://wa-jurin.com/inner.htm" target="_blank">インナーチャイルドへ</a><br />
<a href="http://wa-jurin.com/Counseling.htm" target="_blank">カウンセリングへ</a></span><br />
<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>DV加害者男性への心理療法の試み　　脱暴力プログラムの新展開</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=1001537" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=1001537</id><issued>2008-09-06T20:44:48+09:00</issued><modified>2008-10-14T12:10:53Z</modified><created>2008-09-06T11:44:48Z</created><summary>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　草柳　和之


　　自分に暴力が向けられる時、
　　それは、アルコール依存・摂食障害etcのアディクション,リストカット。
　　人間関係に暴力が向けられる時、
　　それは、DV（ドメスティック・バイオレン...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/DV2.jpg" width="300" height="217" alt="" class="pict" /><img src="images/DV.jpg" width="300" height="521" alt="" class="pict" />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size:small;">草柳　和之</span><br />
<br />
<br />
　　<span style="font-size:small;">自分に暴力が向けられる時、<br />
　　それは、アルコール依存・摂食障害etcのアディクション,リストカット。<br />
　　人間関係に暴力が向けられる時、<br />
　　それは、DV（ドメスティック・バイオレンス）、いじめ、レイプ,さま　　ざまな虐待。<br />
<br />
<br />
フェミニズムの女性たちが、女性解放・人権運動をBaseとして、ＤＶ撲滅運動は展開されてきている。<br />
<br />
アメリカのシェルターをはじめ、被害者支援は、日本のものとは比べものにならない程、充実している。<br />
そして、加害者への法令化・法的規制による脱暴力プログラムへの参加は、非暴力で対等な人間関係をめざし、安心で安全な夫婦・恋人関係を目指す。日本の10年先を行っているとも言われている。<br />
<br />
<br />
著者は、ＤＶという名称が日本でほとんど知られていない時期から、アメリカにわたり,加害者プログラムの方法論を学ぶ。その経験やDVに関係する様々な取り組みから独自の加害者プログラムを作成し、本書にまとめている。<br />
<br />
<br />
<br />
ＤＶ加害者プログラムを大きく2点で捉えている。<br />
<br />
1、ジェンダー意識の変革、そして、対等性の問題。<br />
<br />
妻（女性）が“夫から殴られた”と回りの人たちに話すと返ってくる答えの多くは、“夫（相手の男性）がそれほど怒っていることは、あなたが何かしたんじゃない？”という答えである。<br />
<br />
2、嗜癖行動としてのＤＶ。トラウマetc.を含む治療モデルの必要性。<br />
<br />
従来虐待etc.を含むトラウマを過去に経験している人は、加害者になりやすいといわれている（一番端的な例がナチスのヒットラーである）。加害者全体の２分の１以下３分の１以上がこれに相当するという。<br />
<br />
それと、ＤＶは、嗜癖（アディクション）でもあるという。<br />
<br />
実際に、暴力克服のプログラムを受けても、ＤＶのサイクルから抜け出すのは難しい。<br />
その理由に、男性の暴力を受け入れる社会や、本人のモチベーション(動機）の低さ、心理療法やプログラムに関わる人たちの認識の低さが挙げられている。<br />
<br />
では、どのようにして加害男性の暴力克服を支えるか。<br />
<br />
<br />
筆者は、三種類の暴力克服プログラムを提示している。<br />
<br />
1.加害男性専門相談･･･個人心理療法。ジェンダーに基づく嗜癖の根底にある無価値感、無力感の解消。<br />
<br />
2.自助グループ･･･自助グループは共通な問題障害を持った当事者が集い、お互いに支えあい、各々のメンバー自身の力で新たな生き方を活性化しようとするグループで、｢言いっ放し」「聴きっぱはし」を要とする。<br />
<br />
3.暴力克服ワークショップ･･･暴力を生み出す様々な要素を理解し、それを介助するための集中的なグループワーク、集団心理療法を実施する。<br />
それ以外に、トラウマに対応するインナーチャイルドワーク、関係変化を促すコミュニケーションスキルetc.様々な角度からの心理アプローチを持つ。<br />
<br />
<br />
日本で、加害者プログラムに取り組んでいる人は、ほんの少数である。<br />
しかも、<br />
被害者支援の人たちからでさえ、反対の声が上っている。<br />
<br />
その理由は、<br />
暴力から立ち直ることは、不可能に近いということ。<br />
加害者自身の心の奥底にひそむ自分への自信の無さや無力感・依存性に目を向けることの難しさが在る。<br />
それと、加害者男性を受け入れる社会システムの存在。<br />
<br />
また、<br />
DVを個人的な心理療法の対象とする考え方は、<br />
社会・ジェンダー意識が背景にあるDVの問題意識を薄めてしまい、<br />
結果的に社会から暴力を追放できなくしてしまう危険性があるという。<br />
<br />
<br />
怒りの受容⇒感情の取り扱い⇒コミュニケーション・スキルのアップ⇒適切な言葉の表現（アサーティブな表現を身につける）⇒怒りの変化・適切な感情への変化⇒恐怖の受容⇒自己認識⇒被虐待体験（トラウマ）ケアのプロセスを経て、<br />
加害者として十全に生きるため、<br />
誠実さ・素直さ・非対等性・自己責任・誇りを身につける。</span><br />
<em><span style="font-size:small;"><br />
本来の謝罪とは、過ちを犯した側が楽になりためにあるのではなく、苦痛を受けた側が少なくとも納得できる方向に進むためにある点を確認しなければならない。<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　本文　参照　　　　　　（J)<br />
<br />
<br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a>　　　　　　　　　　　　　　　                             <br />
<a href="http://wa-jurin.com/Counseling.htm" target="_blank">カウンセリングへ</a><br />
<a href="http://wa-jurin.com/inner.htm" target="_blank">インナーチャイルドへ</a><br />
<a href="http://wa-jurin.com/CS.htm" target="_blank">コミュニケーション・スキルへ</a><br />
</span></em><br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>「人類最古の哲学」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=980803" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=980803</id><issued>2008-08-12T22:04:36+09:00</issued><modified>2008-08-12T13:31:33Z</modified><created>2008-08-12T13:04:36Z</created><summary>

　　　　　　　　　　　　　カイエ・ソバージュ１　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　中沢　新一
　　

神話は、「感覚の論理」を駆使して、宇宙の中での人間の生の意味を語りだそうとする。人類の大胆な哲学行為の始まりを示すもの。...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/IMGjinruisaikonotetsugaku-s.jpg" width="200" height="288" alt="" class="pict" /><span style="font-size:small;"><br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　カイエ・ソバージュ１　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　<span style="font-size:small;">　　　　　　　　　　　　　中沢　新一</span></span><em><strong><br />
　　<br />
<br />
神話は、「感覚の論理」を駆使して、宇宙の中での人間の生の意味を語りだそうとする。人類の大胆な哲学行為の始まりを示すもの。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size:small;">　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　本文　抜粋</strong></em></span><br />
<span style="font-size:small;"><br />
<br />
<span style="font-size:small;">ユング心理学は、神話性の中に、人間の感覚部分の深部でのつながりがあるという。</span><br />
<br />
神話は、最古の哲学（レビィ・ストロースによる）であり、また、「生」と「死」を繋ぐものでもある。<br />
植物と石、硬いものと柔らかいもののように、二元論の対立で思考し、「生」と「死」の淵を行き来する世界でもある。<br />
また、快楽原則の世界でもあり、抽象化された、また欲望の世界でもある。<br />
<br />
<br />
「シンデレラ物語」は現在わかっているだけでも４５０を超えているらしい。多くのバージョンは、版・異文を持つ。神話も同様に時の流れの中で、変形し続けているようだ。<br />
<br />
そして、本文中に、<br />
「神話としてのシンデレラ」が取り上げられている。<br />
<br />
シャルル・ペレーが、民間に伝えられている民話を、ルイ王の宮廷にふさわしいように書き直したのが、私たちが小さい頃から、“シンデレラ物語”として親しんできた話。この「シンデレラ物語」は、社会的機能としての目的があるという。<br />
<br />
グリム童話の「灰かぶり少女」は、ドイツでつたえられてきた民話を採取し、文学的にソフィティケーションするのを最小限にとどめ、原形に近い古さをもつという。<br />
<br />
それ以外に、中国のシンデレラ「葉限」。ポルトガルのシンデレラ「カマド猫」や、ミクマク（Mi'kmaq）インディアンがシンデレラの抗するシンデレラを創造している。<br />
この「見えない人（Invisible man)」1884年の話は、<br />
“ペロー版シンデレラの「見られること」「見ること」「見せること」への偏執、欲望の眼を射止めること全神経が注がれている”とし、<br />
この「見える」「見せる」ことをとことん否定して、精神性の高さを強調している。「見えない人」は、超自然の領域をも自由にする人物としてのシンデレラが描かれている。<br />
<br />
<br />
<br />
ユング思想は、「集合的無意識」と「元型」がある。<br />
「元型」は、神話・民話などから、様々な要素を引き出し、それをプロトタイプ（原型）としている。<br />
　※「元型」とは、意識の手がまったく加わっていないような心の内容。<br />
　　　つまり、こころがそのまま現われてきたものだけを指す。<br />
　　　アニマ・アニマス・ペルソナ・トリックスター・シャドー・老賢者<br />
　　　マンダラなど。<br />
<br />
<br />
<br />
神話の思考は、具体性の世界と深く結び付けられているし、また、深く結びついていなければならない。<br />
私たちの五感は、<br />
この合理化の進んだ現代世界で、高レベルに合理化されているという。<br />
おびただしいイメージと情報の集積されている世界で、五感はイメージ化され、そのイメージが、コンピューターによってかなり自在に操作される。<br />
<br />
だが、<br />
そうしてつくられたイメージは、すでに合理化された自然しか再現できず、大きな矛盾を抱え込んでいるとも言う。<br />
<br />
神話は、バーチャルな論理の領域のものとして、語ることもできるが、その「様式」だけをとることで、本来の神話としての「「内容」がなくなってる。「感覚の論理」である神話は、感覚の中に具体性を見つけていくものであり、人間の自分とのつながりでもある。<br />
<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　                    　（J)<br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a></span>]]></content></entry><entry><title>四つの約束　  　THE FOUR AGREEMENTS</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=955181" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=955181</id><issued>2008-07-09T16:22:19+09:00</issued><modified>2008-07-09T10:09:45Z</modified><created>2008-07-09T07:22:19Z</created><summary>             

ドン・ミゲル・ルイス　　　　松永太郎　訳
　　　　　　　　　　　　　　　　　　コスモス　ライブラリー



メキシコ南部の地に、トルテック〜「知識を持つ男女」〜がおり、人類学者は、トルテックを１つの種族として語るが、実際は古代からスピ...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/IMGburogu20080709no1.jpg" width="200" height="288" alt="" class="pict" /> <span style="font-size:small;">            <br />
<br />
ドン・ミゲル・ルイス　　　　松永太郎　訳<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　コスモス　ライブラリー<br />
<br />
<br />
<br />
メキシコ南部の地に、トルテック〜「知識を持つ男女」〜がおり、人類学者は、トルテックを１つの種族として語るが、実際は古代からスピリチュアルな知識を求め、伝え、その実践をおこなう社会を形成する人々であったと言う。<br />
<br />
そのトルテックのナワール（師）は、古代の知恵の存在を歴史的な背景から表に出してこなかった。<br />
この本に書かれてある知識を賢く使う用意のできていない者、利己的な目的のために使おうとする者たちから隠す必要があったからだそうだ。<br />
<br />
<br />
　　<em>男が発見したことは、こうである。<br />
　　存在するもの全ては、私たちが神と呼ぶ一つの生きた存在の<br />
　　顕現である。全ては、神である。彼は、人間の知恵は、単に<br />
　　光を感受している光にすぎないという結論に達した。<br />
　　そして、物質は鏡であること、全ては光を反射する鏡であり、<br />
　　その光によってイメージを創り出すことを見た。すなわち<br />
　　この幻影の世界「夢」は、ちょうど鏡を覆う煙のようなもの<br />
　　で、私たちの本当の姿を映すのを妨げているのである。<br />
　　　「本当の私たちは、純粋な愛であり光なのだ」と彼は言った。<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　本文　抜粋<br />
<br />
　　本当の自分が何であるかを知ると、彼は周りを見わたして、<br />
　　そこで見たものに驚嘆した。彼はあらゆるものに自分を見た。<br />
　　あらゆる人間・樹木・水・雨・雲・大地の中に自分をみた<br />
　　のである。<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　本文　抜粋</em><br />
<br />
<br />
<strong><br />
　最初の約束（アグリーメント）<br />
<br />
　　　　正しい言葉を使うこと。　</strong><br />
もっとも大切であり、またもっとも守るのが難しい。<br />
　正しい（インペッカブル=罪がない）言葉を使う。<br />
言葉は力である。それを表現し、コミュニケートし、考えるための力なのである。そして、それを通じて自分の人生の出来事を創り出していくものでもある。<br />
<strong><br />
<br />
　第二の約束（アグリーメント）<br />
　<br />
　　　　なにごとも個人的に受け取らないこと。</strong><br />
あなたが何を考え、何を感じても、私の問題ではないことを知る。<br />
他の人は、信念のシステムに従って意見を作る。他の人が私について考えることは、私のことではなく、自分たちのことなのである。<br />
もし、誰かが「あなたは素晴らしい」と言ったとしても、それはあなたのせいでいうのではない。また、誰かが「あなたの言うことは、私をしんどくさせる」と言ったとしても、実際に私の言っていることが、あなた（誰か）をしんどくさせているわけでもない。<br />
<br />
<strong><br />
　第三の約束（アグリーメント）<br />
<br />
　　　　私たちは、ほとんど全てのことに思い込みをする癖がある。</strong><br />
思い込みをすることが問題なのは、私たちがそれを真実と信じるからである。人間の間に起こるあらゆる支配や服従という問題は、思い込みとして物事を個人的にうけとることから来る。<br />
<br />
<br />
　<strong>第四の約束（アグリーメント）<br />
<br />
　　　　常にベストを尽くすこと</strong><br />
今までの３つの約束を本当に身につけたものにするためのものである。<br />
あなたのベストは、時には高い質を持っている。別の時には、それほど高い質をもっていない。<br />
毎日の気分によって、あなたのベストは瞬間、瞬間、日にちによって変化するし、時間の長さを指すわけでもない。<br />
たとえ、質がどうであろうとベストを尽くすことである。<br />
<br />
<br />
「アグリーメント」という言葉は、合意とか同意、取り決めという意味である。四つの約束は、「自分と結ぶ四つの取り決め」である。<br />
<br />
「私」は、本来幻影であり、一つの思い込みに支えられた存在である。<br />
「哲学」とも言えるこの思想・考えを自分の生活の中に取り入れ、今生きている生活の中に光と愛を見る。<br />
スピリチュアリティーは、現実の日々の生活の中に取り入れて、知恵として光り輝く。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
実際にこの四つの約束を取り入れた生活にするのは、至難のわざであろう。まず、何を言わんとしているのかを理解するのも時間がかかる。<br />
<br />
<br />
「私」という人間は、どんな人間か？<br />
知りたくもあり、知りたくもないこと。<br />
この本もおそらくその答えの一つであろう。<br />
<br />
<br />
　<em>　彼は、やがて自分の学んだことを全て忘れてしまうことがわかっ　　　　た。自分が見たビジョンを全て覚えておきたいと思い、自分を「煙　　　　に覆われた鏡」と呼ぶことにした。そうすれば物質は全て鏡であ　　　　　り、その間にある煙が、本当の私たちを見ることを妨げていること　　　　をいつも思い出すことができる。彼は言った。「私は、煙に覆われ　　　　ている鏡である。私は、あなた方の中に私自身を見る。しかし私た　　　　ちは、お互いの姿をみることはできない。なぜなら煙が、私たちの　　　　間にあるからだ。その煙こそ『夢』であり、鏡はあなた、夢みる人　　　　である。」　　　　</em>　　　　　　　　　　　　　　　　本文　抜粋　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（J)<br />
　　　　　<br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a><br />
</span>]]></content></entry><entry><title>「不都合な真実」　　Ａｎ　Ｉｎｃｏｎｖｅｎｉｅｎｔ　Ｔｒｕｔｈ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=934299" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=934299</id><issued>2008-06-12T21:59:32+09:00</issued><modified>2008-06-12T13:51:20Z</modified><created>2008-06-12T12:59:32Z</created><summary>このドキュメント映画を観て、どのような感想を持つかは、
当然ながらそれぞれの個々人にかかっている。
だが、たとえ、どのような評価や感想を持とうが
まず見てみる必要があるだろう。
レンタルビデオで￥１８０程度のもの。
一度温暖化問題の最先端？の知識を
映...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:small;">このドキュメント映画を観て、どのような感想を持つかは、<br />
当然ながらそれぞれの個々人にかかっている。<br />
だが、たとえ、どのような評価や感想を持とうが<br />
まず見てみる必要があるだろう。<br />
レンタルビデオで￥１８０程度のもの。<br />
一度温暖化問題の最先端？の知識を<br />
映像で観てみるのはどうだろう。<br />
<br />
<br />
レイチェル・カーソンの「沈黙の春」や、<br />
シーア・コルボーンの「奪われし未来」を読んでから、<br />
どれ位の月日が過ぎただろう。<br />
<br />
環境問題は、未だ変化なく存在し続けており、<br />
段々と深刻になってきている様子が伺える。<br />
<br />
農薬・ダイオキシン・環境ホルモン、そして今回の「不都合な真実」の<br />
Ｃｏ２の温暖化問題。<br />
<br />
「不都合な真実」の<br />
語り手の元大統領候補のアル・ゴアは、<br />
温暖化問題を、世界各地で１０００近くの講演をしているらしい。<br />
その衝撃的な内容は、<br />
真実として受け止めるのには何ともいえない思いがあり、<br />
否定したい気持ちがふつふつと出てくるものでもあった。<br />
<br />
<br />
　　キリマンジャロの雪があと１０年で消える。<br />
　　海面の６メートルの上昇。<br />
　　ハリケーン・タイフーンの巨大化。<br />
　　１億人を超えるであろう避難民。<br />
　　アマゾンの干ばつ。<br />
<br />
映像でみる世界は、文字で見るよりも衝撃的で、<br />
どのことを１つとっても楽観視が許されないことばかりである。<br />
ということを痛感する。<br />
<br />
地球の温度が上昇し、<br />
その後、地球は氷河期に入る。人工的な氷河期の到来である。<br />
<br />
また、<br />
アル・ゴアは、温暖化問題を、<br />
<br />
　<strong><em>“政治的な問題ではなくモラルの問題だ。”</em></strong>　<br />
という。<br />
<br />
環境問題を考えるとき、私に出来ることは、いったいどんなことだろう。<br />
まめに電気を消すこと。花や植木を育てること。ごみを減らすこと。ｅｔｃｅｔｃ。<br />
<br />
　一人の想いがやがて大きな力になることを信じて。<br />
　私たち自身の未来や世界の生命を守るために。<br />
<br />
　　　　（Ｊ）</span>]]></content></entry><entry><title>「水の惑星〜地球と水の精霊たちへの賛歌」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=871261" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=871261</id><issued>2008-04-09T23:58:37+09:00</issued><modified>2008-04-10T12:24:24Z</modified><created>2008-04-09T14:58:37Z</created><summary>著者　ライアン・ワトソン　
　　　ジェリー・ダービッシャー（写真）
訳者　内田美恵
発行所　河出書房新社
1997年　8刷発行

     
 
             

     

    





“水”は、
その神秘さで私の心を捉え、
そして、その凶暴さゆえ、
私を謙虚に...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:small;">著者　ライアン・ワトソン　<br />
　　　ジェリー・ダービッシャー（写真）<br />
訳者　内田美恵<br />
発行所　河出書房新社<br />
1997年　8刷発行</span><br />
<br />
<img src="images/mizunowakusei.p.181.jtrim.jpg" width="240" height="212" alt="" class="pict" />   <img src="images/mizunowakusei.p.171.jtrim.jpg" width="250" height="144" alt="" class="pict" />  <br />
 <br />
  <img src="images/mizunowakusei.p.103jtrim.jpg" width="180" height="177" alt="" class="pict" />        <img src="images/mizunowakusei.p.102jtrim.jpg" width="230" height="165" alt="" class="pict" />   <br />
<br />
<img src="images/mizunowakusei.p.81jtrim.jpg" width="250" height="172" alt="" class="pict" />   <img src="images/mizunowakusei.p.67_0003jtrim.jpg" width="250" height="186" alt="" class="pict" />  <br />
<br />
 <img src="images/mizunowakusei.p.41_0001jtrim.jpg" width="250" height="223" alt="" class="pict" />   <img src="images/mizunowakusei.p85jtrim.jpg" width="220" height="191" alt="" class="pict" /><br />
<br />
<img src="images/mizunowakusei.p.66jtrim.jpg" width="150" height="110" alt="" class="pict" /><br />
<br />
<br />
<span style="font-size:small;"><br />
“水”は、<br />
その神秘さで私の心を捉え、<br />
そして、その凶暴さゆえ、<br />
私を謙虚にする。<br />
<br />
自然は、本来その神秘さと凶暴さの両面を持つがゆえに、<br />
信仰の対象とされてきた。<br />
<br />
“水”は、<br />
私たちの生活を支える重要な位置を占め、<br />
無くてはならぬものでもある。<br />
<br />
余りにも、当たり前になっている今の生活の中で、<br />
本来の神秘の部分を<br />
この本は、美しく、また神々しく捉えている。<br />
<br />
体内の７０％が、水で作られてる人間。<br />
私たちも、<br />
また、<br />
神々しさと凶暴さを内に秘める生き物なのだろうか。</span><br />
<br />
<br />
<span style="font-size:small;">宇宙に存在する温度には、星間空間の超低温から、熱核反応を起こして激しく燃える超高温にわたる幅がある。そのじつに2000万度というとてつもなく広い範囲のうち、液体状の水が存在し得るのは、評点から沸点の間のわずか100度間に限られている。適切な説明がまだないが、とにかく地球は、ちょうどぴったりの大きさと状態の恒星、つまり太陽から、程よく離れた位置を見つけたのだ。その結果、本来なら束の間であるはずの稀な温度帯が長く保たれ、ここに40億年にわたる水の歴史が悠然と流れはじめたのである。（本文より引用）<br />
<br />
水は最古の元型（アーキタイプ）である。善の力でありながら悪の力でもある。生命をはぐくむが、洪水や津波となって襲いかかりもする。<br />
水の精がどことなく不機嫌なのは、この二面性が原因なのだ。水の精は、馬に乗り下半身が魚の形をしたリトーンから、船乗りを誘うセイレーンにいたるまで、さまざまある。どこの神話にもよく出てくるのは、気まぐれで自分の姿を目まぐるしく変え、予言を行う謎めいた「海の老人」である。また、川辺に座って、不用心な若者を誘惑し溺れさせる長い髪の水の精も、しばしば登場する。<br />
ギリシャ神話のネプチューンや、プロテウス、ネーレーイスといった多情な神族のように、淡水の神がみだったのに海の精になったものもいる。もともとは、人間に不可欠な水を守り保証してくれた神がみだったのだ。与えるとともに奪う自然の力に対する、人間の矛盾する感情を表現しているのが水の精と言える。（本文より引用）<br />
<br />
われわれの想像力は、水に彩られている。そのなかにあっては、水は大地の瞳である。輝く瞳のように澄んだ水は鏡となってわれわれの姿を映しだし、ひとりひとりを世界の中心に据える。深い水は、底知れぬ闇のように暗く、洪水による溺死を暗示する。<br />
水が波立つと、心は挑発され相反する想いに引き裂かれる。水は我々の気分を反映して、関心や意識を小波で表現することもあれば、荒れ狂う海の大波で怒りを爆発させることもある。そしてこれらをとおして、水は母性の声となり、体内の記憶をよびさます。･･･････<br />
われわれは、水と赤ん坊を結びつけて考えがちである。胎内に羊水ごと子を宿し、拾われた赤子がまかせられるのは、英語で「水の子守役」を原義とする「乳母　wet nurse」だ。アフリカのダゴンバ族は、妻が水を運ぶ夢を見たときは懐妊の予兆であると信じている。フロイトの夢分析でも、水の夢は誕生時の記憶と解釈される。つまり、誕生体験の反映というわけである。だからこそ、水に身を浸す儀式や洗礼式が、再生の隠喩として広く受け入れられているのだ。（本文より引用）<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（J)<br />
<br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a>　</span>]]></content></entry><entry><title>「嘘つき男と泣き虫女」　　〜あなたは、もう読みましたか？〜</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=862266" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=862266</id><issued>2008-03-30T17:35:02+09:00</issued><modified>2008-03-30T08:52:12Z</modified><created>2008-03-30T08:35:02Z</created><summary>　　　　　　　　　　　　　アラン・ピース＆バーバラ・ピース



ずーっとずーっと昔から、
男と女の間には、
超えるに超えられないものがあると言われて来た。

この本は、その超えられないものを
超えるためのHow Toが書かれている。


男は女にすぐに説明...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size:small;">アラン・ピース＆バーバラ・ピース<br />
<br />
<br />
<br />
ずーっとずーっと昔から、<br />
男と女の間には、<br />
超えるに超えられないものがあると言われて来た。<br />
<br />
この本は、その超えられないものを<br />
超えるためのHow Toが書かれている。<br />
<br />
<br />
男は女にすぐに説明やアドバイスして、その場限りの嘘をつく。<br />
その背後には、<br />
10万年以上ものあいだ、獲物を追ってしとめるために<br />
空間能力や方向感覚を磨き、<br />
直感的に道を見つけだす能力も身につけた。<br />
道に迷ったと告白するくらいなら、<br />
女になじられたほうがまし。<br />
<br />
一方、<br />
女は、小さい頃から、<br />
相手を見て、配慮する事を教えられてきた結果、<br />
泣くことで、<br />
相手をコントロールする方法を覚える。<br />
<br />
<br />
男は、ただ共感して女の話を聞くこと。<br />
<br />
そして、<br />
女は、「私は、〜と思う。」「私は、〜して欲しい」ということを<br />
相手に通ずるように話すこと。つまり、アサーティブに話すこと。<br />
<br />
はたして、この方法で、<br />
越えられないものが、超えられるのか？<br />
<br />
<em><br />
　女をいらだたせる男の七つの行動<br />
<br />
　　１．どうして男は、何にでも解決策を出して<br />
　　　　アドバイスをしたがるの？<br />
　　２．どうして男は、リモコンでせわしなくチャンネルを変えるの？<br />
　　３．どうして男は、道に迷っても素直にたずねられないの？<br />
　　４．どうして男は、トイレの便座を上げたままなの？<br />
　　５．どうして男は、女の買い物に付きあいたがらないの？<br />
　　６．どうして男は、ところかまわずおならをするの？<br />
　　７．どうして男は、下品なジョークが好きなの？</em>　　　　　　　　　　　　　　（本文参照）<br />
<br />
<em><br />
　男が抱く五つの疑問<br />
<br />
　　１．なぜ女はおしゃべりなのか？<br />
　　２．なぜ女は、何でも話し合いで解決したがるのか？<br />
　　３．なぜ女の話は大げさなのか？<br />
　　４．なぜ女の話はとりとめがないのか？<br />
　　５．なぜ女は細かいところまで全部知りたがるのか？</em>　　　　　　　　　　　（本文参照）<br />
<br />
<br />
この世界には、極わずかの例外を除いて<br />
男と女しか居ない。<br />
<br />
男脳と女脳、<br />
その違いは<br />
男と女の間にあるももの、<br />
説明は出来るのか。<br />
<br />
さて、あなたの読後の感想は、どんなものでしょう。<br />
<br />
ちなみに、<br />
この本は、某古書店で、<br />
￥１０５で購入しました。<br />
流行おくれ？の得策です。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（Ｊ）<br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a></span>]]></content></entry><entry><title>映画「善き人のためのソナタ」</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=851107" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=851107</id><issued>2008-03-24T15:49:55+09:00</issued><modified>2008-03-26T11:20:48Z</modified><created>2008-03-24T06:49:55Z</created><summary>2006年　ドイツ
監督･脚本　フロリアン･ヘルケン・フォン・ドナースマルク
出演　　ウルリッヒ・ミューエ
　　　　マルティナ・ケディック
　　　　セバスチャン・コッホ

東西ドイツの間の壁が崩壊する前後数年間の東ドイツを舞台とした緊迫感に満ちた映画。

東...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<span style="font-size:small;">2006年　ドイツ<br />
監督･脚本　フロリアン･ヘルケン・フォン・ドナースマルク<br />
出演　　ウルリッヒ・ミューエ<br />
　　　　マルティナ・ケディック<br />
　　　　セバスチャン・コッホ<br />
<br />
東西ドイツの間の壁が崩壊する前後数年間の東ドイツを舞台とした緊迫感に満ちた映画。<br />
<br />
東ドイツの体制側の監視システム、シュタージのヴィースラー大尉（暗号名HGW XX/7）は、劇作家ドライデンを監視しその反体制の証拠を見つけるという命を受け、盗聴の任務に着く。ドライデンの住むアパートに盗聴器を仕掛け、その屋根裏部屋に潜むヴィースラー。<br />
<br />
そこで彼が耳にしたもの、そしてそれが彼に及ぼした影響は・・・・・<br />
<br />
映画の始まりごろの、ヴィースラーの冷静で動かない表情。<br />
盗聴器に繋がるヘッドフォーンから聞こえる会話、物音に耳をそばだてる彼。<br />
<br />
ある日、彼はヘッドフォーンから流れる音楽を耳にする。「善き人のためのソナタ」。それを本気で聴いた人は、悪人になれないという曲。<br />
<br />
そのあたりから、ヴィースラーの行動も、表情も、動き出していく。女性を部屋に呼び、ドライデンの部屋からブレヒトの本を持ち出してソファーに寝転がって読み、そして、情報をあえて見逃し、ただひたすらヘッドフォーンから聞こえるものに耳を傾ける。<br />
<br />
任務を遂行する中で、いつしか、「任務」を逸脱した行為を行っているヴィースラー。<br />
<br />
ある日、東独の国民の在る厳しい現状をドライデンが記事に書き上げ、それをドライデンの仲間が国境の検問所と突破して西独に運び込むという話が、盗聴器のヘッドフォーンからヴィースラーの耳に入る。<br />
その検問所に通報しようと外線電話のボタンを押す彼。呼び出し音が鳴り、誰かが出る。そしてヴィースラーは何も言わずに、電話を切る。<br />
反体制の証拠となる情報を意図的に見逃し、結果的にドライデンやその仲間たちを守るという行為。（最後には、ドライデンたちに不利になる証拠物件のタイプライターまで隠滅する！これは、非常に危ない行為。下手すると命に関わる）<br />
<br />
一体何が彼を動かしているのか？<br />
<br />
<br />
ヘッドフォーンから聞こえるもの、それは、人々の会話、感情的ないさかい、愛を語る声、死を悼む泣き声、パーティーの音、日常生活の物音、音楽・・・・<br />
人々の間の繋がり、何かを求める心、危険を冒しつつも何かを守ろうとする人々。美しいことばかりでなく、策略､争い、絶望、不信、猜疑心が入り混じった全て。<br />
<br />
ヴィスラーは、映画の始まりには、任務において、党員として、シュタージとして、忠実で優秀な人物として登場する。「〜〜すべき」というその規範の中にある彼が、その一方で、聞こえる音に耳を傾けることで、変わっていく。自らの善きに向かう力、人に向かう力、何かを変えようとする力を、ヴィースラーは、ドライデンたちにプロジェクトし、彼らに共感し、彼らを支え守ろうとしたのではないだろうか？<br />
<br />
ドライデンたちは、ヴィースラーの隠れた部分だったのかもしれない。<br />
<br />
盗聴の任務が成果を上げず失敗に終わったあと、ヴィースラーは大尉の位を失い、首にはならぬものの、地下室で「手紙の開封係」となる。単純作業を黙々とこなすヴィースラーたち。<br />
そして、あるとき、そこにベルリンの壁の崩壊のニュースが入る。<br />
開封作業をやめて、部屋から外に出て行くヴィースラーたち。<br />
<br />
それからしばらく経って、ドライデンは、旧体制側の幹部と話す中で、自分が盗聴の対象となっていたことを知って驚く。（それほどやばい話をドライデンは家の中でしてたわけです。捕まらないってことが、ありっこないような。）<br />
ドライデンは自分自身に関連した資料を閲覧し、その盗聴の報告書を見つける。彼は再び驚く。そこに書かれていたのは、ドライデンたちが反体制の思想を持ち行動したことの証拠となる事実を、差しさわりの無い出来事に置き換えたものであった。（例えば、西独に持ち出した告発めいた記事についてドライデンたちがした打ち合わせは、報告書の中では、ヴィースラーによって「レーニン云々」の戯曲の製作打ち合わせに変えられていた）<br />
盗聴の任務につきつつ（それだからできたことなのだが）結果的に自分を守ったシュタージが居たことを、ドライデンは知ったのだ。愕然とするドライデン。そして、暗号名HGM XX/7の人物が誰かを彼は調べる。<br />
<br />
旧東ドイツの市外らしき道で、ドライデンはヴィースラーを探す。車からヴィースラーを見つけるドライデン。降りて歩み寄ろうとして、何故か思いとどまり車に戻るドライデン。<br />
<br />
その後ドライデンは一冊の本を出版する。<br />
<br />
後にヴィースラーは書店でドライデンの新著を手に取る。<br />
本の扉を開け、ページをめくるヴィースラー。そこには、HGM XX/7への謝辞が書かれていた。<br />
ヴィースラーとドライデンの二人が居て、初めてこの世に現れた一冊の本。<br />
直接は繋がらなかった二人は、その一方で、奥深くで切り難く繋がっていたのだ。<br />
<br />
ヴィースラーは、自分のしたことをドライデンに知らせなかった。<br />
ドライデンは、自分が知ったことを、ヴィースラーに伝えなかった。<br />
<br />
「盗聴」するものと「盗聴される」者の二人。<br />
繋がりようが無いかに見える二人。<br />
<br />
そして、<br />
その二人は、「あることを共にするもの」となった。<br />
<br />
なんとも、静かな映画。<br />
<br />
そして、<br />
大人になりたい、大人でありたい、と思ったことです。《Ｔ》<br />
<br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a></span><br />
<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>よく生き　よく笑い　よき死と出会う</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=830687" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=830687</id><issued>2008-02-27T16:54:24+09:00</issued><modified>2008-02-27T13:59:29Z</modified><created>2008-02-27T07:54:24Z</created><summary>　　　　　　アルフォンス・デーケン　Alfons Deeken  著


「生は死の始まりであり、生きることは死ぬためなのである。死は終結であると同時に開始であり、別離であると同時に近しい結びつきである。」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ノヴァーリス


...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　　　　　　アルフォンス・デーケン　Alfons Deeken  著<br />
<br />
<span style="font-size:small;"><br />
「生は死の始まりであり、生きることは死ぬためなのである。死は終結であると同時に開始であり、別離であると同時に近しい結びつきである。」<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ノヴァーリス<br />
<br />
<br />
　　私の「生と死」の原点<br />
　物心がついた時、すでに戦争のまっただ中でした。周りには、平和な今からは想像できないほど、多くの「死」、ぎりぎりの「生」が、あふれていました。「不条理な家族の死」、「命懸けの反ナチ活動」、「遠い日本での少年殉教者の話」など、忘れ得ぬ出来事がいくつもあり、私は子供心にも、「死」と良く向き合うためにはどうするべきなのか、常に考えるようになりました。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　本文参照　　P.11<br />
<br />
<br />
<br />
 日本のガンの死亡率は、約３１％《２００１年》で、三人に一人はガンで亡くなる。<br />
日本は“死のタブー化の時代”が長く続き、その結果として、自分自身でコントロールすることを学ばなかった。<br />
<br />
　ヨーロッパでは、絵画・書物で死への心構えを学ぶ。そこには、死とは、時間をかけ努力して磨き上げるべき「芸術」だという思想がみられる。<br />
ドイツ哲学では、「文明」と「文化」の区別を重視する。「文明」とは、人間の生活面の物質的技術的領域のことで、「文化」とは、精神的・内面的領域のこと。２０世紀は、「文明」の大きな進歩は、実現されたが、死生観や死への対応といった「文化」の面では、かえって後退したかもしれないと本書の中で書かれている。<br />
<br />
 著者のアルフォント・デーケン氏は、1970年代、上智大学で、タナトロジー（死生学）の教鞭をとり、まだまだ「死」のタブー視の根強い日本の地に、「死の哲学」「死の準備教育（Death Education)」を普及させた第一人者である。<br />
<br />
　幼少期のナチの占領下の体験や、4歳離れた妹の死。近所の友達の一家が焼夷弾で焼かれたこと。戦争が終わり、平和のおとづれと共に、連合軍が祖父を射殺したこと。<br />
デーケン自身ガンになったことなど。<br />
様々な死の体験は、彼自身の死や生き方を哲学や宗教の世界に向かう興味へと導く。<br />
<br />
　死への準備教育（Death Education)の広がりは、看護士から一般市民へ。そして医師・教育者へと広がる。テレビなどのマス・メディアの影響力も大きく左右して、死に向かう人生を見つめ、より良い生き方を見つめていこうとする人達が増えている。<br />
<br />
　中年期の「八つの危機」・ホスピス・ケアー。それから生活の中でのユーモアと笑いの必要性やユーモアとジョークの違いなど、いろいろな角度から死生観へのアプローチがされている。<br />
<br />
　“死を見つめることは、生を見つめること。”<br />
人間の死亡率は100％である。死なない人は居ない。あなたはどんな死と向かい合いますか？<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（J）<br />
<br />
<br />
　　　<br />
　　　<strong>自分自身の死（一人称の死）</strong><br />
<br />
　「死のプロセス」の六段階　　death education<br />
<br />
1.<em>否認</em>　　自分が死ぬという事実の否定。医師の診断は誤診に違いないと思い込もうとする。<br />
<br />
2.<em>怒り</em>　　自分が死ぬという事実が否定できないことと分かると「なぜ、今私が死ななければならないのか」という問いかけが怒りとともに発せられる。<br />
<br />
3.<em>取り引き</em>　　せめてもう少し生き続けたいという願いから、医師･運命･神などに対して、死を少しでも先に延ばしてくれるように交渉を試みる。<br />
<br />
4.<em>抑うつ</em>　　近いうちにすべてを失わなければならないという自覚が、深いうつ状態を引き起こす。<br />
<br />
5.<em>受容</em>　　死が避けられないという事実を率直に受け入れようとする態度に至る。<br />
<br />
6.<em>期待と希望</em>　　永遠性への「期待と希望」<br />
<br />
<br />
　　　　<strong>身近な人の死（二人称の死）</strong><br />
<br />
　「悲嘆のプロセス」の十二段階  grief education（約１〜２年）<br />
<br />
1.<em>精神的打撃と麻痺状態</em><br />
<br />
2.<em>否認</em><br />
<br />
3.<em>パニック</em><br />
<br />
4.<em>怒りと不当感</em><br />
<br />
5.<em>敵意とうらみ</em><br />
<br />
6.<em>罪意識</em><br />
<br />
7.<em>空想形成、幻想</em><br />
<br />
8.<em>孤独感と抑うつ</em><br />
<br />
9.<em>精神的混乱とアパシー（無関心）</em><br />
<br />
10.<em>あきらめ−受容−</em><br />
<br />
11.<em>新しい希望−ユーモアと笑いの再発見−</em><br />
<br />
12.立ち直りの段階−新しいアイデンティティの確立−<br />
<br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a></span>　<br />
<br />
<br />
　]]></content></entry><entry><title>文明の衝突</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.wa-jurin.com/?eid=825417" /><id>http://blog.wa-jurin.com/?eid=825417</id><issued>2008-02-19T22:14:26+09:00</issued><modified>2008-02-19T14:07:12Z</modified><created>2008-02-19T13:14:26Z</created><summary>

サミュエル･ハンチントン著
　　　　　鈴木主税　訳

　“深刻な不況期で、生活水準は下がり、さまざまな既得権益の間で内紛が起こり、識字率は低下する。社会はますます弱体化する。立法措置で消費をとめようとするが、実行はあがらない。だが、衰退はつづく。その...</summary><author><name>岩段　久美子</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img src="images/bunnmeinosyoutotu150IMG.jpg" width="150" height="201" alt="「文明の衝突」" class="pict" /><br />
<br />
サミュエル･ハンチントン著<br />
　　　　　鈴木主税　訳<br />
<span style="font-size:small;"><br />
　“深刻な不況期で、生活水準は下がり、さまざまな既得権益の間で内紛が起こり、識字率は低下する。社会はますます弱体化する。立法措置で消費をとめようとするが、実行はあがらない。だが、衰退はつづく。その社会の宗教、知識、社会問題、政治などの指導的な階層が一般大衆からいっせいに見放されはじめる。新興宗教の運動が社会に吹き荒れ始める。社会のために働くことも、ひいては納税して社会を支えることも厭う気分が広がっていく。”<br />
　　　　　本文　P.464　より<br />
<br />
<br />
<br />
　地球上から今も戦いは消えていない。<br />
世界中で平和の祈りがささやかれながら、なぜ戦いは無くならないのだろうか。<br />
　ハンチントンは本書の中で冷戦以降の戦は文明間の衝突によるものだと主張している。<br />
世界を西欧、中国、日本、イスラム、ヒンドゥー、スラブ、ラテンアメリカ、アフリカの８つの文明に分類する。<br />
１つのイデオロギーから文化的アイデンティティーを持つことが、政治的原則、信条よりもより永続的な社会を築く基盤になっているのではないかと言う。<br />
<br />
　文明の基盤となる文化、宗教、経済、言語、歴史、価値観、習慣、制度などに関連して、自国のアイデンティティをつくり文化的グループと一体化する。　<br />
人々は自分の利益を増すためだけでなく、自らのアイデンティティーを決定するために政治を利用する。人と自分とが、どう異なっているかを知ることにより自分が何者であるかを知っていくように、異なる民族、宗教etc.すなわち文明間の衝突を繰り返しているという。<br />
西欧化と近代化は違う。近代化を目指した社会はやがて自らのアイデンティティを求めて西欧化を嫌う。<br />
西洋化を嫌い、自らのアイデンティティを主張し、文明のフォルトライン（断層線）での争いが起こる。<br />
<br />
　アイデンティティーの問題は根深い。<br />
アイデンティティー、つまり”自分は何者か“ということがわからないと、私という人間は拡散してしまう。<br />
<br />
　日本でも青年モラトリアム期（アイデンティティの模索）が従来の発達よりも長期間になったといわれてからかなりの時間が経つ。未だアイデンティティの模索や拡散が社会の中で犯罪という形をとる事件が後を絶たない。<br />
アイデンティティの中心に置かれる文化、道徳や義務、社会についての考え方を捜し求め、苦しみ・闘いを繰り広げる。<br />
<br />
　なぜ、戦いはなくならないのか？<br />
その幾ばくかの答えは、この本の中にある。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(J)<br />
<br />
<a href="http://wa-jurin.com/index.htm" target="_blank">トップページへ</a></span><br />
<br />
　<br />
　　　　　　　　]]></content></entry></feed>